共栄メディアとクミアイと

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※本文中に登場するやり取りには、事実をもとにした一部フィクションが含まれます

事業委員会 委員  齊藤 祐作

 

ぷろろーぐ

「今期の方針:「ドリルすんのか〜〜い!」」

 

10代会長の田中淳氏が以前書いていた「あなたの番です」の記事の中にあった一文の辺りを読んでわたしの顔が若干ニヤついていた時だった。

フイに背中越しに少し重めの気配を感じ、わたしは振り返った。そこには向かって右手から、当社の専務取締役、次にわたしの入社当時からの師匠でもある執行役員営業本部長、そしてさらにその左隣にはわたしの7年ほど後輩にあたり、現在の上司で執行役員でもあらせられる “イサヤマ部長”のいわゆる重鎮3名が鎮座し、さらにイサヤマ部長の脇には部長の更に一学年後輩でわたしの直属にして唯一の部下兼ほぼお友達、長身・イケメンの “ヒラノくん”がこちらも半笑いというか、ニヤけ気味というか、若干引き気味の表情で佇み、3重鎮と一緒にわたしを凝視していた。いや正確にはわたしを通り過ぎたその先、そう、今まさにこの記事を書いている画面、更に細かく云えば冒頭の会長の記事をはじめ、大人が体操着を着ている写真が掲載されている記事やFACE会長のインタビュー記事の写真などが煌々と映し出されたわたしのPCの画面をこの4つの視線は射抜いていたのだ。(図1参照)

ちなみに当社のイサヤマ部長は、奇しくもこの2020年8月現在に放送されている人気ドラマの部長のように「詫びろ!詫びろ!!詫びろるぁ~!」のような勢い系ではなく、

この時もまさにそうだが、どちらかと云うと人気アニメのイカリ司令のように微動だにしない視線だけを送ってくる雰囲気のほうである。。。。

「まんさく、ヒマだろ?ウチのグループの売計入ってるか確認してもらえる?今。」

半ば怒気を含んだトーンで声を掛けてきたのは師匠の方であった。このトーンの時は怒っているというよりもフォロー的な意味の場合が多く、その意図を汲んだわたしは、

「あ、だいジョブっスよ!いまめっちゃ忙しいんで!あざっス♪」

っふ。裏読みしてやったぜ!。。。って、更にエアーが重くなりましたが。。。w

あ、大変申し遅れましたがわたし、田中現会長のお膝元 東京プロセス工業協同組合 青年部 青樹会に所属し、株式会社共栄メディアのSPセンターという、センター内に於ける開発営業部で営業グループの課長を仰せつかっており、第10代の印青連に於いては事業委員会に所属させて頂いております齊藤祐作と申します。肩書きと冒頭のやり取りでお察しの通り、なにを隠そうわたしフツーのリーマンです。

あ、でも一応こんなフツーのリーマンでもウチの代表、キレッキレのイケイケなんでこんなわたしをちょっとだけ社長候補にしていただいたり、幹部候補の一人に挙げていただいているためクミアイの青年部での活動であったりこの印青連の活動にも快く送り出してくれているのであります!はい♪

 

やっぱり自己紹介w

いつぞやの会長の記事に 「次また自己紹介書いたりしたら、、、」と、ここでは到底表現出来ないような過激な一撃が繰り出されていた事があったので、まさかその会長と同じ単組に所属し謂わば弟子のような存在であるこのわたしが自己紹介なんぞするわけがない!

多くの方がそう思われるかも知れませんが、敢えてわたしはそこに深く切り込んでゆく所存でございます!はいっw

 

わたし齊藤祐作は1980年、元号で言えば昭和55年の5月に埼玉県は入間市という、東京都でいうところの青梅市や瑞穂町と隣接する町の出身です。ちなみに5月は6日の生まれで 「惜しい~!」とか 「連休明けや~ん!」とか、それはそれでちょっとネタにしてたりもする中、幼少の頃より野球に勤しんで育ちました。そしてちょうどこの記事を書いている今現在、自分史上40周年真っ只中な時分でもあります。また、この歳になってもあだ名で「まんさく」「まんちゃん」と呼ばれていたり、およそ学生時代以降で親しい人は、実は「ゆうさく」という名前を本気で知らない人がいたりと、本人もまんざらではないあだ名を頂いているのでみなさんも気軽に「まんさく」と呼んで頂ければと思いますw

 

さて今しがたちょろっと、そしてサラっと登場させましたが  “野球” というワード、会社とわたしをお話しする上で切っても切れない関係がございましてですね。はいっ。

続いてこの野球の部分も語らせていただきたいと思います♪

 

高校野球と共栄メディア

高校野球と会社が何の関係があるんだ!?と疑問に思われる方が多いと思うのですが、

弊社、今から4年ほど前まで軟式の野球部がございました。話題にするほどなのでお察し頂けるかと存じますが当時わたしもこの野球部に所属しており、入社当時監督をしていたのが弊社代表で、代表の出身校は帝京高校でございました。

と、ここまで来ると「え!?サイトーさん、もしかして帝京なの!?」って思われるかも知れないのですが、どちらかというとわたしと代表の繋がりは出身校ではなく “出身地” 。

正確には弊社代表の出身地は新宿区との事ですが、現在もご実家(会長宅)が居を構えているのが埼玉県の入間市になり、その地で代表が所属していた少年野球の監督をしていたのが冒頭に登場したわたしの会社の師匠である営業本部長のお父さんだったのです!

、、、えっと、

という事は高校ではなく少年野球のチームが同じだったと?

サイトーもその少年野球チームで

社長と師匠と同じ監督のそのお父さんに教わったってわけだ!?

 

。。。

いえ。チガイマス。そしたら高校野球関係なくなっちゃうしw

 

ここで、いったんアイスブレイクと交通整理のため

わたし自身が高校から入社までに辿った野球の道を簡単に。

 

1996年 埼玉県は飯能市にある私立聖望学園に入学。同時に硬式野球部へ入部。

姓は異なるも、奇しくも同じ「ゆうさく」を名乗る者が現れ「まんさく」が誕生。(命名は監督)

1998年 主将として迎えた最終学年、最後の夏の甲子園は80回の記念大会となり埼玉からも2校の出場権が得られるという大チャンスが巡ってくるも、のちに阪神タイガースで活躍する久保田投手(当時はほとんど捕手)を擁する学校に準決勝で敗れる。コールドで。※ちなみに、当校の最終打者はこちらものちに阪神タイガースで活躍し、今シーズンから千葉ロッテマリーンズで現役続行中の鳥谷選手(ネクストはワタシ。)

甲子園ではのちに“松坂世代”と言われる様々な選手が活躍するも、結局は松坂選手擁する横浜高校が優勝(春夏連覇)。

1999年 高校の監督の勧めで監督の母校でもあり宮城県は仙台市にある東北福祉大学へ入学。そして硬式野球部へ入部。※大学はマネージャーとして入部するも当時は情報の入手方法が乏しく、のちにとんでもない部(良い意味でw)であった事を痛感する。その夏、聖望学園が夏の甲子園に初出場し甲子園練習時の臨時コーチとして外野ノックを打たせてもらう。(帯同時イロイロあるw)

2002年 大学最終学年。春の全国大会においてやはりこちらも高校当時松坂選手の女房役(捕手)を務めていた小山選手擁する亜細亜大学にフルボッコにされコールド負け。

大学生なのに屈辱の五厘刈りの刑を受け全員でリベンジを誓う。同年、最後の秋の神宮大会。全員が怨念をパワーに次々と強豪を撃破。決勝でついに亜細亜大学へと辿りつく。(ちなみに準決勝は現ソフトバンクの和田投手、前途した鳥谷選手、現ヤクルトの青木選手らを擁する早稲田大学。当時の一部報道では準決勝以前から、「決勝では亜細亜か?早稲田か?」のような予想が流れていたw やってやったぜええ!www)

ただし決勝の結果は3-5で返り討ちw いや、けっこう粘ったんですよ?むこうは木佐貫くんはいるわ、永川くんはいるわ、その小山くんに、一年生には“熱男”こと松田はいるわでねえ、、いやあ、ガチでつよかったですよ。はい。

最終成績は日本で二番でした。 ニ・バ・ン・メ! 

魔法のランプがあったら、日本一だったのかなあ~?(笑)

そして引退。

 

やっと共栄メディア

で、そこからさかのぼること半年ほど。五厘刈りが少し伸びてきた頃に当時の大学の監督から突然「まんさく~ぅ。あした、東京行ってきなさあ~い。」トーンのイメージは北の国からの。。。「軟式野球で現役復帰やったら、ええはなしやろぉ~?」関西弁で北の国から。。。

 

????な、、、なんのお話しでございましょ?(^_^;)

と、、取り敢えず大監督の仰せられる事(当時の監督はリーグでの118連勝などの記録を持つ、本当に偉大な監督でした)だから、とにかく行ってみよう!

そう思い、翌日指定された東京のとある場所へと向かったのでした。

 

向かった先はそう。共栄メディアの面接だったのです!

 

はあああ!やっときたああ~!!!

 

ここまで3,658文字!(※広報にて一部編集も文字数は原文ママ)ほんとはサラッと、

「ちっス!青樹のまんさくっす!会長の後輩っす!よろしくッス!ウスっ!!」

みたいに最短で終わってもおもろいかな~と思ってたんですが、

 

「すんのか〜〜い!」とか、総務委員の亀田さんの熱い記事(勝手に挙げてすみません(^_^;))とかをいろいろ読んでたら、やっぱちゃんと書かなあかんな~

 

と、思い立ったわけで。

 

あ、で、共栄メディアに行き着いたのは当時わたしの高校・大学のひとつ上の先輩が先に入社しており、そこで色々とスムーズにお話しが進んでいたようでしてw

で、その先輩が入社に至ったのも高校が関係しているわけですが、どういう事かと申しますと、社長の幼なじみである師匠にお兄さんがおりまして、そのお兄さんが聖望で(ちなみに師匠は所商)その関係でそのお父さんと高校の監督につながりがあり、軟式野球部のある共栄メディアとのつながりが出来、そういう流れに至った云々かんぬん。

なのでありますw

 

そういうのを色々思い出しながらわたしが入社当時からのメンバーで

全国大会への出場経験のある出身校に絞ってまとめてみると。。。

 

==================

帝京高校2名

所沢商業1名

千葉商業1名

前橋育英1名

浦和学院(城西大)1名

聖望学園7名(東北福祉2名、八戸大(現光星学院八戸学院大)1名)

光星学院(現八戸学院光星)10名(確か。。。)

堀越高校2名

東北高校1名

専大北上高(中部学院大)1名

都雪谷高1名

富士大1名

八戸大(現光星学院八戸学院大)1名

東北福祉1名

==================

 

。。。めっちゃ強そう! 学校だけはw

 

まとめ

とまあ段々と雑な流れになってきたところと、ほぼ野球話だけの自己紹介にうんざりされている方も多くなってきたかと思われますのでそろそろまとめに入りたいと思います。

拙い文章に皆様長々とお付き合い頂き、本当に有難うございました!

 

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エピローグ

「あ、だいジョブっスよ!いまめっちゃ忙しいんで!あざっス♪」

 

すかさず後輩ヒラノくん

「いやいや、まんさくさん、めっちゃヒマそうじゃないっすか!(笑)。そんなサイト見てんスから!ちゃんとやりましょ!(笑)」

気持ち笑顔がひきつっているようだ。

 

わたし

「いやいやいや、これ、クミアイのブログだかんね。この記事、会長が書いてるやつ。あ、それで!この運動会のヒゲのこの人がその前の会長♪次、この記事オレが書く番なのよ!」

 

イサヤマ部長

「、、、」

 

わたし

「あ、部長、さあせん!ちゃんと仕事もやってますんで!あ、いや、これも仕事っすよww」

 

イサヤマ部長は、わたしの7学年ほど後輩である。大学の。そして野球部のw

(このエピソードは実話ですw)

 

つづく?


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